福井地方裁判所 昭和40年(行ウ)1号 判決 1967年3月10日
原告 高橋武夫 外二名
被告 今庄町長 外一名
主文
原告等の請求はすべて棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
第一、原告等の請求の趣旨とその答弁
原告等訴訟代理人は
(一) 被告今庄町長が同町議会の昭和三五年六月二〇日議決した同年度追加更正予算の執行として、その頃町長欧米視察旅費名目で支出した金員のうち、金六〇〇、〇〇〇円支出した行為はこれを取消す。
(二) 被告今庄町長が同町議会の昭和三九年六月二六日議決した同年度補正予算の執行として、その頃町長ソビエト視察旅費名目で支出した金員のうち金五四〇、〇〇〇円支出した行為はこれを取消す。
(三) 被告今庄町長が同町議会の昭和四〇年三月二二日議決した同年度補正予算の執行として、その頃町長交際費名目で金三〇〇、〇〇〇円支出した行為はこれを取消す。
(四) 被告福島伊平は今庄町に対し金一、四四〇、〇〇〇円ならびに内金六〇〇、〇〇〇円に対する昭和三五年七月一日以降、内金五四〇、〇〇〇円に対する同三九年七月一日以降および内金三〇〇、〇〇〇円に対する同四〇年四月一日以降いずれも支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(五) 訴訟費用は被告等の負担とする。
との判決および(四)項について仮執行の宣言を求め、
被告等訴訟代理人は(三)項の町長交際費名目の金員支出行為の取消および(四)項のうち右交際費名目で支出した金員の支払を求める部分については請求却下の判決を求め、ついで主文同旨の判決を求めその余の請求については主文同旨の判決を求めた。
第二、原告等の請求原因とその答弁(抗弁を含む)
(一) 原告等はいずれも今庄町の住民である。
(被告等の認否―認める。)
(二)(イ) 今庄町長欧米視察旅費として同町議会は昭和三五年六月二〇日同年度一般会計追加更正予算で金一、四三〇、五七三円の歳出を議決し、被告今庄町長はその頃右予算の執行として右金員を支出した。
(ロ) ところで被告今庄町長は右予算案提出に際し、その財源措置として右金員のうち金六〇〇、〇〇〇円は昭和三六年二月に交付される特別地方交付税に加算されて交付されることになつていると説明したので、大多数の同町会議員は右説明を信じたため議決をなすに至つた。
(ハ) しかし地方交付税は同税法に定められた基準に基き交付されるものであるところ町長欧米視察旅費はその基準となるべきいかなる経費の種類にも該当しないから特別交付金で右視察旅費が補てんされることはありえない。
(ニ) したがつて交付されることのない同交付金をもつて財源措置とした右議決は違法であり、違法な議決に基く予算の執行として被告町長が支出した金員中金六〇〇、〇〇〇円の支出行為もまた違法である。
(被告等の認否―(イ)の事実は認める。その余は否認する。歳入予算はその本質上見込に過ぎないものであるから被告今庄町長は右六〇〇、〇〇〇円は同交付税に加算して交付されるよう努力すると説明したのである。
元来、特別交付税は算定基準が普通交付税ほど厳格ではないが、なお一定の基準に基き交付される所謂ルール計算の部分とその他特別に必要と認められる場合との二本立てで運営されている。しかして被告今庄町長は、当時県町村会会長を兼務し、その欧米視察は県下町村の民生、産業その他町村政の発展に資する為になされたものであるから特別交付税算定の基準に加えて考あさるべきものである。
しかして昭和三五年度における今庄町に対する特別交付税は金三、五一五、〇〇〇円であつて、右は欧米視察旅費を今庄町が負担した財政需要に対し、その全部若しくは一部が特別交付税に算入されて交付されていると云うべきであつて昭和三六年一二月二三日の町議会において、同三五年度一般会計決算を認定するについて何ら異議が出なかつたのはさきに追加予算議決の際正当に議決されたものであるからである。)
(三)(イ) 今庄町長ソビエト視察旅費として、同町議会は昭和三九年六月二六日同年度一般会計補正予算で金六九〇、〇〇〇円の歳出を議決し、被告今庄町長はその頃右予算の執行として右金員を支出した。
(ロ) ところで被告今庄町長は右予算案提出に際し、その財源措置として、真実は福井県町村会より金一五〇、〇〇〇円の助成金しか交付されないのに金五九〇、〇〇〇円の助成金が交付されるので金一〇〇、〇〇〇円は今庄町より餞別費名目で支出してもらいたい旨説明したので大多数の同町会議員は右説明を信じたため、合計金六九〇、〇〇〇円の歳出の議決をなすに至つた。
右町村会から金五九〇、〇〇〇円の助成金が交付されると説明したのは同年度今庄町一般会計補正予算の事項別明細書雑入の部に明記されていることからみて明らかである。
(ハ) したがつて右議決は被告町長の欺罔的行為によりなされたものであつて瑕疵ある議決に基く予算の執行として被告町長がなした金六九〇、〇〇〇円の支出中真実に交付された金一五〇、〇〇〇円の助成金を除く金五四〇、〇〇〇円の支出は違法である。
(被告等の認否―(イ)の事実は認める。その余は否認する。
被告町長は右予算案の提出に際し、右町村会から金五九〇、〇〇〇円の助成金が交付されると、説明したのではなく被告福島伊平が、自己負担分として支弁すると説明した。)
(ニ) 被告等の抗弁とその認否
よつて被告福島伊平は、昭和三九年七月一一日収入命令番号第五七一号で金一九〇、〇〇〇円也、同四〇年二月二三日収入命令番号第一七六九号で金一〇〇、〇〇〇円也、同四〇年三月一一日収入命令番号第一八六七号で金三〇〇、〇〇〇円也を夫夫納入している。
(原告等の認否―否認する。)
(四)(イ) 今圧町長交際費として、同町議会は昭和四〇年三月二二日同年度一般会計補正予算で、金三〇〇、〇〇〇円の歳出を議決し、被告今庄町長はその頃右予算の執行として右金員を支出した。
(ロ) ところで被告今庄町長は右予算案提出に際し、右金員は既に同町長が交際費として費消ずみの分の支払に当てるためと説明したのみで、具体的、個別的にその使途を明示せず、一方町議会においてもその使途の正当性を検討することなく漫然と議決したものであつてその議決は違法である。
(ハ) 仮りに右議決が違法でないとしても、予算に基いて支出をなすに当つては、支出原因たる債務及び支出すべき正当な債権者が存在しなければならぬところ、本件交際費の支出に当つては何らその様なものは存在しなかつたから支出行為自体が違法である。
(被告等の認否―(イ)の事実は認める。その余は否認する。)
(五) したがつて被告今庄町長が予算の執行としてなした欧米視察旅費名目(金六〇〇、〇〇〇円)、ソビエト視察旅費名目(金五四〇、〇〇〇円)、交際費名目(金三〇〇、〇〇〇円)の各支出行為はいずれも違法であるから、地方自治法第二四二条の二第一項第二号によりその取消を求める。
右町長の公金支出行為は少くとも意思表示に準ずる精神作用の発現とみられるから単なる事実行為ではなく、行政処分である。又取消を求めるのは議会の議決そのものではなく公金支出行為である。
(被告等の認否―否認する。支出行為は単なる事実行為であつて行政処分ではない。仮りに行政処分であつても議決に無効原因の存する場合ならともかく、単に取消原因ある場合は先行する議決の取消なくして支出行為の取消はできない。)
(六) 又被告福島伊平は、右予算の執行として違法に支出された欧米視察旅費名目の金六〇〇、〇〇〇円、ソビエト視察旅費名目の金五四〇、〇〇〇円、交際費名目の金三〇〇、〇〇〇円をいずれも不当に利得したから右各支出金員の返還と、金六〇〇、〇〇〇円については昭和三五年七月一日以降、金五四〇、〇〇〇円については同三九年七月一日以降、金三〇〇、〇〇〇円については同四〇年四月一日以降いずれも遅くともその支出されたことの確実である右年月日以降、各支払づみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の返還を今庄町になすべきである。
(被告等の認否―否認する。不当利得の事実はない。)
(七) そこで原告等は地方自治法第二四二条により今庄町監査委員に対し欧米視察旅費、及びソビエト視察旅費の違法支出については昭和四〇年二月二六日に右各予算の財源措置についての監査請求及び被告福島伊平が取得した不当利得金の返還請求と交際費については同年六月一日支出原因についての監査請求及び被告福島伊平が取得した不当利得金の返還の各措置を講ずることを請求したが、監査委員は欧米視察旅費及びソビエト視察旅費について同年四月八日右各予算の執行はいずれも違法ではなく、これに対し何らの措置をとる必要がないと回答通知し、交際費については、右監査委員が何らの監査または勧告をなさないまま六〇日を経過した。
(被告等の認否―欧米視察旅費及びソビエト視察旅費について原告等が監査及び返還措置の請求をし、その主張通りの回答があつたことは認める。又交際費についても原告等から監査及び返還措置の請求があつたことは認める。)
(八) 被告等の本案前の抗弁
交際費について、原告等は監査請求及び返還措置要求をなすに当り地方自治法第二四二条に定める「事実を証する書面」の添付をしなかつたので同年七月一九日監査委員、朝倉平左ヱ門及び同柏原佐太郎は之を受理せざる旨の決定をなし同日附今監第一五号で原告等に不受理の通知をした。監査請求(返還措置要求も含む)の手続が同法に違反し明かに違法である場合はその受理を拒むことができるわけであつて、結局本件は適法な監査の手続を経てないものと云うべく本件提訴は住民訴訟提起の要件を欠く違法な訴訟であるから訴却下の判決を求める。
(原告等の認否―なし)
(九) しかし原告等は右監査請求に対する監査委員の措置に不服があるので同法第二四二条の二により被告等に対し請求の趣旨記載のとおりの裁判を求める。
(証拠省略)
理由
第一、本案前の抗弁について
被告等はまず交際費について監査請求(返還措置請求も含む)の手続が地方自治法第二四二条第一項に違反し結局監査請求を経たことにならないから本訴請求を却下すべきであると主張する。
成立に争いのない甲第四号証の二、三によると、原告等の監査請求の内容に疑義があり、同法同条に定める書類が不備であることを理由として返戻されることが明らかである。
しかしながら住民監査を請求するに当つての要件は同法同条第一、二項に規定されている如く、(イ)住民であること、(ロ)執行機関又は職員の行為であること、(ハ)一定の財務会計上の行為であること、(ニ)一定期間内に提起すること等であつて成立に争いのない甲第四号書の一によると、原告等の監査を求める対象は特定しているものと云うことができる。しかして「事実を証する書面」の添付が監査請求当時仮りになかつたとしても同条第五項によつて請求人に証拠の提出及び陳述の機会を与えて不備な点は補充すべきであるのに、それらの措置をとらずして監査請求を却下したことは、広く個々の住民に右請求の権限を与え地方財政の公正を保持せんとする法の趣旨からして適法ではなく、結局同条第四項の期間に監査又は勧告を行わない場合に当り、出訴できるものと云わざるをえない。
よつて被告等の此の点に関する抗弁は理由がない。
第二、本案についての判断
原告等がいずれも福井県南条郡今庄町の住民であること、被告今庄町長福島伊平が欧米視察旅費、ソビエト視察旅費及び交際費としてそれぞれ同町議会において原告等の主張金額の歳出を議決し、支出したこと、右各支出について原告等は同町監査委員に監査の請求をなしたことは当事者間に争いがない。
一、先づ原告等の取消を求める各金員支出行為が地方自治法第二四二条の二第一項第二号の「行政処分たる当該行為」に該当するか否かについて考察するに、昭和三八年法律第九九号による改正前の同法第二四三条の二、第四項には単に「当該行為」の取消し無効の裁判を求めることができると規定されていて私法行為をも含めてひろく取消し無効の請求ができることになつていたが、疑義を生じたため改正後の現行法は行政処分の性質をもつ違法行為(行政財産の違法な一時使用許可のごとし)のみを取消し、無効の訴訟で争わせることにし、私法行為を含め行政処分の性質をもたない違法行為の取消し、無効の訴訟はすべてこれを認めずその法律的結果だけを同法第二四二条の二第一項第四号で請求できることとしたのである。しかして行政処分の概念は必ずしも軌を一にしないがその目的及び機能と法的効果からして「行政庁が、法に基き公権力の行使として人民に対し、具体的な事実に関し法律的規制をなす行為」と解するのが相当である。そこで本件金員支出行為について考えてみると町長の支出命令と支出機関の事実行為としての支出の双方を含むものと解されるが支出命令は準法律行為的な行為と解されないわけではないが前記概念に照らし行政庁相互間の行為であつて公権力の行使としての行為ではなく結局金員支出行為は、同法に云う行政処分たる性質を有する行為に該当しないものと云わざるをえない。
もつとも右の如く解したとしても同法同条第一項第四号によつて右金員支出行為によつて生じた法律的結果については代位訴訟で争うことができるわけであるから、地方財政の公正を訴求する住民の権利を狭く解したことにはならない。
二、次に被告福島伊平に対する各不当利得の返還請求について判断するに原告等の請求は町議会の議決の違法を理由としてその金員支出行為を取消しそれを前提として各不当利得の返還を求めるにある。
しかしながら前述の如く金員支出行為の取消はこれを認めることができず、議会の議決そのものの取消も又住民訴訟では認められない以上、結局不当利得返還請求の要件たる「法律上の原因なくして」不当に利得したことにはならない。
即ち町長は少くとも議会の議決(外観上未だ議決の成立と称するに値いするだけの形態を備えない場合は別として)に基きその予算の執行として金員の支出行為がなされたのであるから、その金員の支出について法律上の原因がなかつたと云うことはできないのである。
被告今庄町長の言動による議会の議決の瑕疵を争い、被告福島伊平の故意、過失によつて蒙つた損害賠償の請求をするならば格別本件の如く金員支出行為若くは議決が取消されることを前提とする不当利得返還の請求は理由がないものと云わざるをえない。
以上の次第で原告等の本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 後藤文雄 高津建蔵 井上治郎)